山車・囃考（古書を読む「祭禮囃子の由來」を読む編）

タイトル

自由研究

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《　古書を読む「祭禮囃子の由來」を読む　》

「祭禮囃子の由來」を読む

祭禮囃子の由來（ゆらい）
抑（そもそ）も神社祭典に於て囃子及び舞子をなす
其元始（そのもとはじめ）及び盛衰を記するに當（あた）り先ず
前世音樂の最も至近なるものを例證（れいしょう）し
以って起原の概畧（がいりゃく）を載す
是却（これかへ）りて明瞭にして敢えて贅言（ぜいげん）に非ざるべし

　という書き出しで始まる明治２８年に発行された「祭禮囃子の由來」という文書。
本文は、「同元始前（をなじくもとはじめのまへ）」「同元始」「同　徳川時代」巻末には「部内有名人士」の名簿が掲載されている。大変興味深い文書だ。
　始まりは推古天皇時代の田楽法師まで遡って書かれているが、やはり現代の囃子として近しい内容を見ていこう。それでも建久三年の源頼朝の時代まで遡る。ほぼ原文のままだが変体仮名遣いはひらがなに、表記できない漢字は現代のものに変更して掲載している。素人ゆえ間違いがあるかもしれないが、大方の意味は違わないはずである。間違いはご指摘頂き次第修正したいと思う。

同　元始
建久三年七月賴朝征夷大將軍に任ぜらる於是賴朝鶴ヶ岡八幡を相模國鎌倉雪の下に於て大に祭祀す朝野其美（てうやそのび）を盡（つく）して祭典す其華麗殷賑言語（そのくわれいいんしんげんぎょ）の能く及ぶ所に非ざりしといふ殊に將軍治政の始め加之（しかのみならず）幕府の地たるを以（もち）て今人（こんじん）の餘想外（よそうがい）なりしことを推して知るべきなり是より永久以降は古來の音樂大奥及武士の専ら玩弄（ぐわんろう）する所となり居れり然るに彼の杉山の六騎と稱（しゃう）するもの即ち土肥次郎實平（さねひら）、同（をなじく）彌太郎遠平、土屋三郎宗遠（むねとう）、岡崎四郎義實（よしさね）、足立藤九郎盛長　及　新開忠氏　此六氏は斯道（このみち）の所謂（いわゆる）達人と謂（い）ふべきものなりき然るを以て此の大祭に興ると同時に當時猶（なほ）互に恙（つつが）なきことを祝し舊懐（きうくわい）の餘（あま）り同情相求め五人囃子の雜曲（ざつきょく）を奏し迭迭（かはるかはる）且舞ひ且調曲せられし是則（これすなはち）祭禮に於て囃子及舞子のある原始とはなり而して其曲節の美妙にして且勇ましく當時武士の嗜好に適せし故一時に流傳（りゅうでん）せり又其曲を名命するに地名祭儀軍事都景等を以てす而して今猶（いまなほ）其名を存す即ち鎌倉、國堅（くにかため）、昇殿、大間（おほま）昇殿、宮昇殿、破矢（はや）、師調目（してうめ）、能懸（のうかけ）、都津波（とつぱ）、宮鎌倉、麒麟、階殿（かいでん）、活光（くわつこう）、等なり而して以上の六氏は皆万町以上の領地を有し所謂大名なりしことは鎌倉武鑑（ぶかん）等にも載する所なり是よりして上の好む所は下亦（また）之に從（したか）宜なる哉（かな）相州一宮寒川神社を始めとして近在近郷ハ勿論祭禮には必ず此囃子及舞子を奏調（そうてう）することとはなりぬ是より傳播（でんぱん）して殆んと天下に普（あまね）く其流行盛大遂に其極を見ざるに至りき

　区切りが分かりづらく、普段使用しない漢字が多いので読むのに苦労されると思うが、原文よりは大分よみやすくなっている（はず）なので、ご勘弁を。
　驚くべきはこの時代には、現在でも各地で演奏される「鎌倉」「國堅」「昇殿」「大間昇殿」「宮昇殿」「破矢（はや）」「師調目（しちょうめ）」「能懸（のうがけ）」「都津波（とっぱ）」「宮鎌倉」「麒麟」「階殿（かいでん）」「活光（かっこ（う））が演ぜられていたということ。
　源頼朝の時代にはこれらの曲が演ぜられ、今に伝わっているかと思うと歴史の長さを感じずにはいられない。前々から「クニガタメ」などは国を固めるというあたりから武士の戦（いくさ）に関する部分で作られたのでは？と思っていたが、まさか源頼朝の時代まで遡っていたとは。また、曲の名付けに関して「地名祭儀軍事都景等を以てす」とあり、地名、祭儀、軍事、都景から命名されている点も面白い。「カマクラ」は地名だろうと誰もが思っていただろうし、「ショウデン」も神社の社殿に昇ることだろうと漠然と思っていた。ただ、どの曲が地名で、どの曲が祭儀から由来したものか、記載が無いのが惜しい。この頃の口伝でもよいので書き残して欲しかったところ。
　しかし曲の発祥時期が分かっただけでも嬉しいことだ。江戸時代に出来たものだとばかり思っていたので、頼朝まで遡るというのは驚くべきものだ。ゆっくりとした曲調が多いのも頷けるのではなかろうか。この後は戦争が止まず神事祭礼を欠く事が多くなり、この道が衰えたとある。それでも今に伝わっているということは、衰えながらも各地で大事に演奏され続けてきたということに他ならない。先人の方々の苦心に感謝したい。
　そして、いよいよ江戸時代。一番気になるところでもある。以下がその部分である。

江戸後期年表
年号年数

享和元年
２年

３年

文化元年（享和４年）
２年

３年

４年

５年

６年

７年

８年

９年

１０年

１１年

１２年

１３年

１４年

文政元年（文化１５年）
２年

３年

４年

５年

６年

７年

８年

９年

１０年

１１年

１２年

天保元年（文政１３年）
２年

３年

４年

５年

６年

７年

８年

９年

１０年

１１年

１２年

１３年

１４年

弘化元年（天保１５年）
２年

３年

４年

嘉永元年（弘化５年）
２年

３年

４年

５年

６年

安政元年（嘉永７年）
２年

３年

４年

５年

６年

万延元年（安政７年）

文久元年（万延２年）
２年

３年

元治元年（文久４年）

慶応元年（元治２年）
２年

３年

明治元年（慶応４年）

同　徳川時代
（中略）
慶長八年八月家康征夷大將軍となりし以降慶應の末年に至る貳百六十五年世の太平に伴ひ武蔵國一の宮氷川神社、神田神社、芝神明、王子権現、澁谷八幡、等の大祭には華車數輌（だしすうりょう）を引き之を賑はすに必ず祭禮囃子及舞子を附す而して時の將軍の上覧或ひは諸大名の賞覧ありしこと枚擧（まいきょ）するに遑（いとま）あら■■ 又寛保元年及天明二年には鎌倉八幡宮の開帳を富ヶ岡に又龜井戸に於て享和二年に天満宮の九百年忌祭等此前後或は花車（だし）或は屋臺（やたい）等に於て此伎を演ず其盛大殷賑（いんしん）幾何（いくばく）なる素より比數（ひすう）なかりき因りて當時の人天下一の祭と稱（しょう）せしなり是當時の記録を見ても決して誣稱（ふしょう）に非さるなきを知るべし
當時武士の歌舞伎を卑み其見物を禁ぜられしにも係らず囃子及舞子は猶（なほ）將軍及諸大名の上覧ありしは斯道（このみち）の最も名譽（めいよ）ある處（ところ）なり如何（いかん）となれば當時は古（いにしへ）の如く上下混同（しゃうかこんどう）に非らず多く在野人士の伎（ぎ）に傾ければなり然（しか）れども猶諸大名及幕下（はたもと）の紳士にも亦（また）斯道を好めるもの往々（まま）是あり其主なる例を證として擧げば元松江藩主齊（しゅせい）々殿即ち楊光翁（やうこうをう）及有名なる大久保彦左衛門孫字（あざな）鬼善兵衛氏等は最も著名なり猶此他多しと雖（いへども）紙數（しすう）に限りあり且繁累（はんるい）なるを以て省きぬ以上記載の祭禮に亞（つ）ぐものは飯倉、妻戀（つまごい）、三圍（みめぐり）、龜井戸、富ヶ岡、牛の御前、府中六社、鷲明神、愛宕、湯嶋、三輪明神等なり、其他村落に至りては筆紙の能く盡（つく）す所に非ざるなり是を以て至る處（ところ）斯（こ）の曲調を耳にせざるは無きに至れり誠に盛なりと謂（い）ふべし如斯（かくのごとく）なるを以て殊更江戸は天下の首府なる故斯道の盛大にして且冠たるを亦偶然ならんや然り而して斯（か）く盛大なるを以て是時に當（あた）り諸國の名人續々（ぞくぞく）江戸に集まり神田神社大祭には替違昇殿（かはちげしょうでん）、神田丸、又龜井戸神社大祭には龜井戸の新曲調を奏始（そうし）す等古今未曾有の大盛を極めたり故に世人（せじん）天下祭りと稱（しょう）せしなり而して文化時代には煎餅屋留七（せんべいやとめしち）、神徒安五郎（しんとやすごろう）、神主增五郎（かんぬしますごろう）の三氏等斯道の名人なりき而して最も破矢（はや）、横笛を能（よく）せしなり是より大井馬込の江の島、經堂（きゃうどう）の安宅崩（あたかくづし）、谷山の矢車、金獅子、目黑（めぐろ）の本間矢車（ほんまやぐるま）、碑文谷（ひもんや）の大幕（おおばく）、上目黑の本間崩（ほんまくづし）、大平分（おおひらぶん）の麒麟崩（きりんくづし）其他下り葉（さがりは）等の新囃子續々（ぞくぞく）起れり以上記する所は斯道の主たるもの而已（のみ）を擧（あ）げたる迄にして此間（このあいだ）の大祭に關（かん）したる囃子は往々（まま）太平記、及當時の雑書に明なるを以て茲（ここ）に大略す若（も）し是事を尋ねんと欲せば以上の書籍に附きて見るべし以上述ぶる處（ところ）は慶應四年即（すなは）ち明治元年迄の大略にして其寄着（きちゃく）する處は古書に徴し又斯道の名人の遺書及高老（こうろう）の口傳（くちづたえ）並びに口唱中（こうしょうちゅう）最も確實（かくじつ）なるものを集めたるものなり其誤脱は後の君子の敎（をし）へを待つ故に敢て言語文字を毫（すこし）も修飾せず唯（ただ）實事（じつじ）而已（のみ）を記載すといふしかり
（中略）
明治の囃子と稱（しょう）するものあり今是而已（のみ）を擧（あ）ぐ即ち六郷の金澤昇殿及馬込の兩國（りやうごく）並びに大世話人の連戰勝傳（れんせんしょうでん）是なり
　文中「■■」は素人薄学の私には終ぞ読めず、該当する漢字もなかったのでそのように記した。原文では手前の文の繰り返しを示す「く」に「゛」を記したものとおもうのだが、手前が「あら」なので「あ」にも「ら」にも「゛」が付けられず、「あらあら」では意味が通じず、文中のようにさせて頂いた。諸先生方にお伺いをたて分かり次第、修正したいと思う。
　さて、内容だが「武蔵國一の宮氷川神社、神田神社、芝神明、王子権現、澁谷八幡等の大祭には華車數輌（だしすうりょう）を引き之を賑はすに必ず祭禮囃子及舞子を附す」とあり、大きな祭りには山車が出て囃子が演奏され、踊り手もあったことが伺える。その際、将軍の上覧、大名の賞覧もあったことが記載されている。

「飯倉、妻戀（つまごい）、三圍（みめぐり）、龜井戸、富ヶ岡、牛の御前、府中六社、鷲明神、愛宕、湯嶋、三輪明神等なり、其他村落に至りては筆紙の能く盡（つく）す所に非ざるなり」とあるとおり、先の大祭以外に次ぐものとして各地の有名祭礼が挙げられている。祭礼囃子の繁栄ぶり伝え、そのため、「諸國の名人續々（ぞくぞく）江戸に集まり神田神社大祭には替違昇殿（かはちげしょうでん）、神田丸、又龜井戸神社大祭には龜井戸の新曲調を奏始（そうし）す等古今未曾有の大盛を極めたり」と、各地の名人が江戸に集まり腕を競い、また新曲も作られた様子が伺える。広く神田囃子系の団体に伝えられる「神田丸」もこの頃生まれたようだ。「亀井戸」も多くの団体で見られるが名称から地名であろうと誰もが思っていたが、やはり発祥は「龜井戸」であったと考えられる（龜井戸神社大祭で演奏されただけで、近隣の囃子連が作曲の可能性もあるが…）。
　当ＨＰ取材範囲の川越市新宿囃子保存会様の資料によれば、嘉永六年に「紀里（キリン）」「和多里（ワタリ）」「亀井戸（カメイド）」「カッコウ」「かいでん」「オウマ」を習ったと記載されている。「和多里（ワタリ）」はあまり聞きなれないが「紀里（キリン）」「カッコウ」「かいでん」「オウマ」は古来からの曲。ここで注目は「亀井戸（カメイド）」があること。嘉永六年に存在していたということは、それ以前の作曲となり、享和二年から嘉永六年の間に作られた事となる（年表を参照）。こういった資料は年代特定に非常に役立つ。資料を大事に保存されてきた囃子連様の功績と称えねばならない。因みに川越市新宿囃子保存会様はこの当時、古囃子として若狭流の囃子を伝承されたとされ、この資料にある曲名は若狭流のものと思われる。現在は新囃子になっているが、「鎌倉」「かいでん」は若狭流のものが残されている。
　その他、江の島、安宅崩、矢車、金獅子、本間矢車、大幕、本間崩、麒麟崩、下り葉などと新囃子が登場したことが記されている。
　今まで新囃子はその囃子連が演ずる囃子そのもの全ての曲を指していて新囃子の「鎌倉」、古囃子の「鎌倉」などと捉えていたが、そうではなく、元からある曲に新曲が追加されていった…これらが新しい囃子、新囃子と呼ぶのは当然といえば当然。しかし、古くからやっていた囃子から、時流に乗って新しい囃子を習った場合、古い時代の囃子を古囃子、新習いの流派のものを新囃子としたため、そのように分けて呼んだ、という認識がずっとあったため、固定概念化してしまっていた。もちろん間違いではないのだが、当時としては古囃子の時代に始めから全ての曲が出来ていたわけではなく新囃子として追加されていったわけで、その都度追加された曲は皆、新囃子と呼ばれることとなるのである。今で言えば新曲が完成したのでレパートリーに追加された。という感覚であろう。この時代に祭り囃子が大きく変化していったことが窺い知れる記載である。
　これらの記述は、当時の名人の遺書、高老の最も確実なものを集めたとの記載があり、信頼性は高そうだ。もっとも、現在の口伝より遥かに古い時代の口伝を記載しているので、少なくとも年表として掲載した時代辺りの記述は実際に生きた時代の方々の話であろうから信憑性の高い文書だと思われる。
　この文書に記された時代の囃子の隆盛の程が本当に良く分かる貴重な文書であるといえる。各地口伝に残る、江戸末期に伝承、明治初期に伝承というのも頷ける。当時流行の音楽であったといえよう。当時はどのような演奏であったのか、直に聴いてみたいものである。

◇

2011.2.7up

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