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《 第十考:川越の山車の構造を探る〜川越山車解体編A 》

自由研究

六軒町様の山車の解体、第2回です。今回は三味線胴の下ろしからです。

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六軒町解体
大きな三味線胴もバラさず下ろします。三味線胴の裏には「大工 連雀町 印藤吉五良(ロウ) 彫刻」
「塗師 南町 二代目 田中常吉」の銘が記載されています。地元の職人が名を連ねます。

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こちらは三味線胴をまるごと入れておく函。「明治廿壱年十月」と函書。蓋に「山車高蘭(コウラン)
臺輪(ダイワ)六軒街」と記載。三味線胴を総称して台輪と呼んでいます。右は露になった櫓行灯構造。

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上鉾となる行灯構造の解体です。込栓(コミセン)を外し前後左右各面の部材を外していきます。

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上鉾の部材が外されると、下鉾の構造が分かります。下鉾の柱はしっかりしていますが、上鉾の柱は華奢。
昔は上高欄に人が乗らなかったため、太い柱が必要なかったといわれています。

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人形上下の為の函柱構造が見えます。右は上鉾、人形を上下させるための苧環。左右の巻き上げ部分で
鉾左右に付けられた縄が引かれ上鉾が上に上がります。交差するように見えているのが人形用苧環。

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職人の方のご厚意で山車の下に潜らせていただきました。写真は廻り舞台構造を下から見上げています。
中央は床板が嵌められていない為、囃子台まで筒抜けで丸見えです。中央手前の束が廻り舞台の心棒です。

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囃子台下から前輪を望む。新材が囃子台側、井桁台部分。ここが今回、修理されました。車台の力桁と、
縄で縛られ繋がれています。緩んではいけない大事な部分なので、縄の縛りにも職人の技が込められます。

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苧環を下から望みます。上部の部材が外されているので明るく、よく見えます。櫓行灯周りには床があり
ますが、行灯内部は床が敷かれていません。廻り舞台ではなかった時代の名残りのようです。

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櫓行灯の内側、下鉾部分を外す作業です。苧環も同時に外されます。右は櫓行灯周りの床板を剥がす作業。

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櫓行灯を一旦、上に引き抜き。バラしやすくします。込栓を外し各面ごとに下へ下ろしていきます。

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櫓行灯に組み込まれていた苧環を外します。丸い円盤が付けられているのが上鉾上下用の苧環。円盤が
ないのが人形上下用の苧環です。人形の心棒を支える函柱からでている縄が苧環へ繋がり上下させます。

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外された苧環です。右側の大きいのが上鉾を上下させる苧環で、左の小さめなのが人形を上下させる
苧環です。十字に組まれた取っ手を回し縄を巻き取ることで鉾、または人形を上下させます。

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人形を支える柱が露になりました。下部は函状になっていて心棒を中に収めます。縄が引かれることで
人形が迫り出す構造。両側に補助レールがないので、旧来の一本柱型の構造に近い仕様です。

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櫓行灯は面ごとで外され、これ以上はバラしません。山車では囃子台と鉾の間の柱が外されていきます。

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後部鉾部分がなくなった側面写真。中々見れないと思います。笠木を外して囃子台高欄も外されます。

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屋根を下ろす作業です。大きなものですから慎重に作業を進めます。

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囃子台欄間彫刻を外し、虹梁も外します。下では屋根をおく作業が行われているので少々待ち状態です。

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柱も外し、脇障子を残すのみとなった囃子台。

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脇障子が外されると、囃子台はスッキリ何もなくなってしまいました。

今回は此処まで。次回はいよいよ、廻り舞台がバラされます。

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取材に際し、六軒町の関係者の方々、御協力頂いた方々に御礼申し上げます。

2011.7.3up

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