タイトル

埼玉県桶川市

桶川市榮町(2010年〜2013年撮影)
前(2012撮影) 後(2010撮影)
入母屋風唐破風(2013撮影)  明治25年6月新調。元は鉾型の人形山車で人形は幸手町の石村定吉(詳細は山車人形の項を参照)の手による関羽。彫刻は大屋本郷の山田弥吉。 大正12年7月に地元大工の島村喜一朗によって現在の屋台に改造。山車楽屋には島村喜一とあるが、これは、追加製作した彫刻師としての銘では?と島村喜一朗の実兄の孫に当たる島村等氏はいう。氏は喜一朗直系の大工で喜一朗の図面や大工道具など所有しているという。入母屋と唐破風を合わせたデザインは斬新で元の山車の唐破風を流用し製作したものと見てとれる。恐らく唐破風前面の彫刻が山田弥吉、後面が島村喜一朗の手によるものであろうとの事。 。
演奏/榮町囃子連   流派/小村井流

桶川市本街(2010年〜2012年撮影)
前(2012撮影) 後(2010撮影)
懸魚、鬼板彫刻(2010撮影)  昭和3年に四つ車、唐破風屋根を持つ屋台として新調。それ以前は天照大神の乗る人形山車だったとされる。製作者は不詳。
演奏/本町囃子連・北本四丁目囃子連   流派/神田囃子木ノ下流

桶川市八雲(2010年〜2012年撮影)
前(2010撮影) 後(2012撮影)
懸魚、鬼板彫刻(2010撮影)  大正9年に神武天皇の乗る山車として建造。当初は廻り舞台を擁していた。作者は当初かどうか不明だが、後面懸魚彫刻に「請負人 白鳥松五郎、工作人 松澤蔦吉」とある。 昭和62年の修理の際に廻り舞台は廃された。大正9年から昭和62年の間に前方に囃子台が張り出す形に改造されているようである。それは側面から見ると明らかで飾り金具の位置がやや不自然。車台を確認すると継ぎ手してあり材が延長されていた。注目すべきは正面懸魚と鬼板彫刻で、松本喜三郎の作。彫刻に銘が入れられている。鬼板の「立花町」は山車を製作した町名。
演奏/八雲会囃子連   流派/

掲載順はアイウエオ順。まだまだ市内には山車、屋台が存在。順次掲載予定。

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